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父は社長 ~それも私の運命?~
2007年6月3日
はじめから運命って決まっているものなのかな?

オーラの泉で良く
「どんな出来事も自分を成長させる為に必要だった」
「自分の運命を承知し、選び、生まれてきた」
って言うでしょ?

でも、私の過酷だった人生も必要だったのかな?

いやぁ~いい勉強になったとはとても言えない。
それどころか、「私のせいで人に迷惑をかけた」「私は前世でよっぽどの罪を犯したに違いない」
と自分を責めるし、とても魂の成長につながっているとは思えない。

けれど人生はやはり、目に見えない不思議な力が働いていると思えることがある。

母から「えぇ~」と思う話を聞いた。
「私、子供の頃ずっと●さんという人と結婚すると言ってたの」
結局、母が結婚した相手父は、××という名字だった。

しかし、父は●家の養子になるはずだった、という。
そして「●製薬」の社長になる予定だった、というのだ
(●さんが、遠~い親戚にあたることも知らなかった私は、驚きだった。)

しかし、●家の長男が死んだとき、次男が長男の家族を●家から追い出し、
父が「●製薬」の社長になる話も消えたと。

父と母が出会ったのは、そのあとである。
母は「やっぱり私の運命の人は、父だったの」と話していたが、
母の話はさて置き。

私は「父は社長になると決めて、生まれてきた人だな~」と思った。
次男の家系が継いだ「●製薬」は、倒産し父とは無縁のものだったが、
父は、小さいながらも2つの会社を興し、社長となった。

父は
「男として生まれてきた限りには、職業は社長!住居は少しでも大きな一軒家!」
という人だった。

そんな父に、可愛がられ育った私は、中学生の頃まで
「私の結婚相手は、父の会社を継ぐ人」と決めていた。
私は3人姉妹の末っ子、でも何故か家族の間では、会社を継ぐのは私と決まっていた。

しかし、私が三度もの結婚で運命の人と決め、父が初めて賛成してくれた旦那は、バリバリのサラリーマンだった。

父はもちろん社長を勧めてくれたが、断った。

私も旦那が社長になることは反対だった。
会社の経営状況も良くなかったし、旦那は社長向きじゃないと思った。

一年半前に父が他界し、バブル崩壊から経営状況が下向きだった会社は、母と姉の考えで倒産させた。

しかし、そこから我が家に異変が起きたのである。

一軒家に興味など無かったはずの旦那が、一軒家を購入した。
そして、社長に興味ないと自分で言っていたのに、起業したいと言い出したのだ。


これは、私の運命それとも父のさしがねか

結局私は、家持ち、社長の妻となるのか?

どっちにしろ、目に見えない不思議な力で何かが動き出したとしか思えないのである


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【2007/06/11 14:15 】 | スピリチュアル | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
父の死
2007年5月29日
父は、私の人生を語るうえで、欠かすことのできない人の一人です。

そう私が、二度目の離婚したとき、人前で「娘の命が助かった」と泣いてくれた人です。

そんな父の具合が悪いと連絡があったのは、父が亡くなる2ヶ月前ぐらいのことでした。
今から、1年半前のことです。

強がりの父が、人目に見てわかるほど具合が悪いなど、大変なことだと思いました。

私は次の日すぐに、お見舞いにいきました。
父は、思ったより元気そうに見えて安心しました。

けれど、近くの病院の検査結果は、末期癌でした。
そして、近くの病院では、これ以上診察できないと言われました。

先生に「癌センターに連れて行きなさい。そこで、駄目だと言われたら
最後はうちで面倒見るよ」と言われ、

父に癌であると、告知することになったのです。

姉から、父に話したと、電話がありました。
母と姉で、「お父さん癌かもしれないから、癌センターに行って検査しなくちゃいけないの」と言ったそうです。

父は冷静に「そうか~」と言ったそうです。

けれど、私は、その後、姉にお願いされました。

「ねぇ、お父さんが癌だってこと、知らないことにして」

なんで???姉の次のセリフに、涙が溢れました。

「お父さん、癌センターに行くのに条件出した。
あなたには、このこと内緒にしてくれって・・・。」

「あなたが心配したら、かわいそうだからって。
子供沢山抱えて、お見舞いに来るのは大変だからって」

泣いた・・・。
自分が癌だと聞いても、一番初めに心配することは、私の事なの?

泣いた・・・。
お父さんは、いつも私の心配ばかりして・・・
ずるいよ、お父さん・・・
私だって、お父さんの心配したい・・・。
だって、お父さんが私を思ってくれてるように・・・
私だって、お父さんを愛してるんだもん・・・。
お父さんの心配ぐらいしたいよ!!!

結局、父は治療のできないほどの、末期癌で、近くの病院に入院した。

私は、父が入院したこと、癌であること、全て知らないことになっていたけど、
もちろん我慢などできず、お見舞いにいった。

父は最期まで、かっこよかった。
「頑張るよ。でも万が一駄目だったら、その時は盛大にやってくれ」
そう言った。

モルヒネの効き目から覚めても、小さな声でたまに「痛い」というぐらいで
弱音を吐かなかった。

私が聞いた、父の最期の言葉は
「なんだ、おまえか、こんな所でなにしてる?
早く帰れ、子供が待ってるぞ」

そして、2日後、父は本当に静かに眠ったまま目を覚まさなかった。
11月の終わりだった。父は逝ってしまった。

次の日、私が悲しまないようにか?タイミングよく、
私の初めての孫が生まれた。

そして、約3週間後、
離れて暮らす、私の第二子が私と暮らせることになった。

それは、偶然だろうけど、
私には、お父さんからのクリスマスプレゼントに感じた。
私が泣き過ぎないように、お父さんが私の周りを賑やかにしてくれていると・・・。

「お父さん、私はいつもお父さんから沢山の優しさをもらったね。」

「お父さん、ありがとう、愛してる。」

「あなたは、私の自慢の父です。」

「またどこかで、会えると信じています。
だから、もう泣きません、きっと・・・。」









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【2007/06/10 23:32 】 | スピリチュアル | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
金のオーラ (2)
2007年5月24日
それも良いことばかりを、思い出していました。

小学生の頃
いじめられている友達を助けようと、クラスのボスと戦ったこと。

どうしても飛べない高飛びや跳び箱を、怖がらずに何度もチャレンジして
先生に「飛べなくても、勇気を持ってがんばった人は偉いです。」と
みんなの前で褒められたこと

今まで思い出したことの無いようなことも、
どんどん頭?心?の中に溢れ出してきて・・・

中学生の頃
あまりよく知らない登校拒否のクラスメートに電話して
「何があったの?学校に来るの楽しみに待ってるね」と励ましたこと

クラスで真面目でおとなしい性格の子が、不良の子の給食を嫌々用意させられているのを知って
不良の子に「自分で給食を運ぶのが、どうしても嫌で人に頼みたいなら、私にしなさい。
絶対に断れないと、わかっている人に頼んではいけないよ。
私は嫌じゃないから、私が運んであげる」と言ったこと。
その子とは、それからも立ち直って欲しいと、何度も話し合ったっけ。

そう私は、真っ直ぐな子供だった。

だから、勉強が出来なくても、運動が苦手でも、一生懸命頑張る子を応援したくて、
小学生の先生になろうと、大学は初等教育科を選んだんだった。

どれぐらいの間泣いていたのか、どれぐらいの間昔を思い出していたのか、
わからないけれど、
次の日の朝、私は温かい気持ちで目が覚めた。


その体験で、私が立ち直ったと言えば嘘になるけど、
その体験が、私に立ち直るチャンスをくれた。

そう、この体験がなければ、私は彼(今旦那)に深く興味を示すことなんてなかったと思う。

それから私が、自分は幸せを願う普通の人だと認め、幸せになろうと前向きになるまで、
うちの旦那様は、それはそれは大変な苦労をしたのだけれど・・・


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【2007/06/08 22:36 】 | スピリチュアル | コメント(1) | トラックバック(0) | page top↑
金色のオーラ (1)
2007年5月24日
これはちょっと信じてもらえないであろう、
不思議な話なのですが、
脚色せずに書きます。

私が霊感体質だから体験したのか、
ただの錯覚だったのか、わかりませんが、

でも、見たんです!確かに感じたんです。


ホテルに誘ったものの(ここはよくある話)
すっかり酔っ払いだった私は、気持ちよくスヤスヤ眠ってしまったんです。

彼(今旦那)が、私の布団を何度も掛け直すから、
私は薄っすら目が覚めて、
寝ぼけた状態で彼を見ると、

彼の全身から、なにかキラキラ光る空気でできたアメーバーのようなものが出てて、
私を包みこんでいたんです。

それは、すごく気持ち良くって、
私は、温かい水の中にいるみたいで、
まるで、お母さんのお腹の中にいる胎児に戻ったような感じでした。

(なんだろう?この安らぐ気持ちは・・・キラキラしてて気持ちいい)
と思っていると、

私のお腹の辺りから、黒いウロコのようなものが、パラパラと剥がれていくのが、見えたんです。

そうしたら、頭の中や胸の中で言葉が飛び交い始めて、
それは、私自身の違う私の声のように感じました。

「もういいよ、そんなに片意地張らなくても。
私は私としてしか、生きられない、それで十分じゃない。
素直に生きていいのよ」

私は、自分が泣いているのか、誰が泣いてるのかわからない状態で、
涙だけ流れていました。

そして、キラキラ光る不思議なものに包まれたまま子供の頃を思い出していました。


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【2007/06/08 22:34 】 | スピリチュアル | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
女の子の霊のでる家(2)
2007年5月14日
(ただいま~。

当時、大学生だった私は、サークルの合宿で家を留守にした。
そして出たのである。
私の居ない間も、女の子霊は私以外の家族の前に、夜な夜な姿を現した。

その相手が良かった。
怪奇現象など信じない、「人間なんでも気の持ちようよ」と、いつも冷静に言ってのける姉の前にでたのだ。

私が合宿から戻ると、姉は玄関まで飛んできて私に泣きながら抱きついてきた。
(気持ち悪かった・・・)

「でた、でた、あんたが居ない間に私にでた~」
姉は初めての体験に怯えていた。

可哀想だったが、そのおかげで父も母も、女の子の霊を信じてくれた。

そして、女の子の霊と同居しながら、一年近くその家で暮らし、その家を売り引っ越した。

女の子の霊に会うこともなくなり、その存在を忘れかけた頃のことである。
あの女の子の霊の出る家と、30センチ程度しか離れていない隣のお姉さんの家に、姉と私2人で遊びに行った。

お茶をご馳走になり、たわいも無い世間話をして、話題が尽きた頃、私の姉が何気なく言った。
「うちの妹、霊感があるんだよ」

(余計なことを言ってくれた。)
そう私が思っていると、案の定よくある質問をされた。

「ねぇ、じゃあこの家なにか感じない?」

(そら来た!)そう思いながら、
「さあ~べつに~」と、私は困りながら答えた。

霊感があるといっても、いつでも好きな時に感じ取れるほど私の霊感は強くない。

しかし、その後に続いたお姉さんの話に、私は鳥肌がたった。

「昔からこの辺に住むおばあさんに言われたんだけど、昔この辺り沼だったんだって~。
それでね、その沼で溺死した子がいて、丁度この辺りから遺体が見つかったんだって。
だから、この家おばけでないかって、そのおばあさんに言われたんだ。」

思わず、姉と私は顔を見合わせた。
けれど何も言わなかった。
今は違う人が住んでいる。安易なことは言えない。

お姉さんちからの帰り道、姉が先に口を開いた。

「きっと、あの女の子だね。」
「そうだね・・・。」

(可哀想に・・・)

姉と私は、無口なまま帰宅した。



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【2007/06/05 11:56 】 | スピリチュアル | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
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